山口地方裁判所 平成11年(行ウ)8号 判決 2000年10月31日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
被告が原告に対し、平成一一年八月五日付で行った別紙文書目録記載の各文書の非公開処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、下関市公文書公開条例(下関市平成七年条例第一号、以下「公開条例」という。)に基づき、公文書である別紙文書目録一ないし六記載の各文書(以下右目録中で付された番号に対応させて、「本件文書一」のようにいい、全ての文書をまとめて「本件各文書」という。)の公開を請求したところ、被告が、本件各文書は公開条例で公開対象として定められた時期に作成されたものではなく、また、公開条例に定められた非公開事由に該当するとして、本件各文書の一部につき公開しなかったので、原告が右の非公開処分の取消を求めて訴えを提起した事案である。
一 前提となる事実(末尾に証拠を掲記したものの他は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、下関市内に住所を有する者であり、被告は、公開条例の実施機関である。
2 原告は被告に対し、平成一一年七月二六日、「有楽興行(文化劇場)立ち退きに関する補償金について、①契約書(平成七年一月二七日、同年三月二〇日)一式、②補償金額算定根拠のわかるもの」の公開を求める申出をした(以下「本件申出」という。)。
3 公開条例には、次の条項が存在する(甲4)。
「第1条 この条例は、公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに、公文書の公開について必要な事項を定めることにより、市政への市民参加の推進と市民の信頼の確保を図り、一層公正で開かれた市政を推進することを目的とする。」
「第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めることによる。
(1) 実施機関 市長、教育委員会、選挙管理委員会、公平委員会、監査委員、農業委員会、固定資産評価審査委員会、公営企業管理者及び議会をいう。
(2) 公文書 実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び写真で、決裁又は供覧の手続が終了し、実施機関において管理しているものをいう。
(3) 公文書の公開 公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付することをいう。」
「第5条 次に掲げるものは、実施機関に対し、公文書の公開を請求することができる。
(1) 市内に住所を有する者
(以下(2)から(5)まで省略)」
「第6条 実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公開を拒むことができる。
((1)から(5)まで省略)
検査の計画、入札の予定価額、試験問題、交渉の方針、争訟の処理方針等の市、国又は他の地方公共団体の機関が行う事務又は事業に関する情報であって、当該事務又は事業の性質上、公開することにより、当該事務又は事業の公正で適正な執行を妨げるおそれがあるもの((7)及び(8)並びに2項省略)」
「第14条 実施機関は、第5条に規定するものから、この条例の適用日前に決裁又は供覧の手続が終了した公文書について、公開の申出があった場合には、これに応ずるように努めるものとする。
(以下2項及び3項省略)」
「附則
この条例は、平成七年一〇月一日から施行し、平成七年四月一日以後に決裁又は供覧の手続きが終了した公文書について適用する。」
4 被告は同年八月一一日、本件各文書の写しを原告に交付したが、右写しのうち、次の(一)ないし(四)に掲げる部分の記載については、公開条例六条一項六号に該当する行政事務情報であることを理由として、各記載部分を墨塗りし、公開しなかった(以下「本件非公開処分」という。)。
(一) 本件文書一
解体工事費、動産移転費、営業補償費、計、予算現額、予算配当額、一二月二四日現在支出済額、同伺済額、予算残額、予算配当残額、当該支出額
(二) 本件文書二
借地権に係る損失補償、借家人に対する損失補償、計、解体含む建物等移転補償費、補償総額、予算現額、予算配当額、現在支出済額、現在伺済額、予算残額、予算配当残額、当該支出額
(三) 本件文書三
補償契約総額、配分決定内訳(二か所)、予算現額、予算配当額、三月一〇日現在支出済額、同伺済額、予算残額、予算配当残額、当該支出額
(四) 本件文書四なし六
補償金額、有楽興行株式会社代表者名義の印影
5 原告は、本件非公開処分を不服として、平成一二年八月三一日、本件訴えを提起した(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 本件各文書は、公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用があるか。
2 1が肯定された場合、本件各文書中の被告が非公開とした部分につき非公開事由があると認められるか。
3 1が否定された場合、被告が本件各文書を任意に公開する際にも、非公開事由につき公開条例に準じた取扱いをする必要があるか。
4 本件非公開処分に理由不備の違法性は認められるか。
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(原告)
本件文書四ないし六に関する契約は、下関市の支出を伴うものであり、支出負担行為の確認をする必要があることから、本件文書四ないし六は、本件文書一ないし三が添付された支出命令書とともに下関市財政課や出納室に回覧されていた。
そして、下関市の財政課・出納室の職員への右回覧手続が終了した日は、収入役の決裁が終了した日で、それは早くとも平成七年四月四日である。このことは、本件文書二の末尾に、平成七年四月四日付けの出納室員の取印があることからも明らかである。
したがって、本件各文書は、公開条例適用日である平成七年四月一日以降に決裁又は供覧の手続が終了した公文書であるから、公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用がある。
(被告)
(一) 公開条例の附則中、「決裁」とは、広義では「決裁権者又は専決権者の意思決定」(下関市長の権限に係る公文書公開事務処理要領七条二項(2)号、乙2)を、狭義では「市長がその権限に属する事項に関し意思の決定を行うこと」(下関市事務決裁規程2条(6)号、乙6)を意味する。そして、本件文書一ないし三は、いずれも市長の決裁を必要とする文書であり、右各文書につき市長が決裁した日はいずれも平成七年三月三〇日以前である。
(二) 本件文書四ないし六は、本件文書一ないし三により予め市長が決裁したところに従って作成された契約書であり、決裁は必要ではないから、供覧の手続が問題となる。公開条例の附則中、「供覧」とは、「回覧、台帳、帳票その他の形式で職員間において情報を共有すること」(乙2)を意味する。そして、右各文書は、作成された当日、担当部局である下関市都市整備部市街地開発課においてファイルに編綴されて同課に備え置かれ、職員間で閲覧することが可能な状態になった。したがって、右各文書は、これにより右各文書の供覧の手続は終了したというべきであり、その日はいずれも右各文書の作成日付であるから、供覧の手続が終了した日はいずれも平成七年三月三〇日以前である。
(三) よって、本件各文書には、公開条例中の被告が公開義務を追う部分の規定の適用はない。
2 争点2について
(被告)
本件各文書につき被告が非公開とした部分は、公開条例六条一項六号に該当する。
(原告)
被告の主張は争う。
3 争点3について
(原告)
被告が原告に対して公開した本件各文書の写しには墨塗り部分が多く、その文書の本来的価値を失わせしめるものである。たとえ任意公開文書であっても、知る権利の一形態である公開条例に明文化された制度であるから、被告は、一度公開することを決定した以上、公開条例の目的である「市政への市民参加の推進と市民の信頼の確保を図り、一層公正で開かれた市政を推進すること」を達成するため、公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用がある文書と同様に取り扱うべきである。
また、被告は、原告が本件申出以前に公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用がない公文書について任意的公開を申し出た一〇件についてはその部分の適用がある公文書と同等の取り扱いをしている。
(被告)
被告は原告に対し、公開条例一四条一項に基づいて本件各文書を任意に公開したにすぎない。
条例に基づく公文書の公開請求権は、条例が定める条件の下においてその限度で権利として付与されるものであるから、そもそも被告に本件各文書を公開しなければならない法的義務はなく、本件各文書の一部につき被告が非公開にしたからといって、原告にその取消を求める権利はない。
4 争点4について
(原告)
公開条例では、非公開処分の正当性を請求者に対して書面上明らかにすることを義務づけているのであるから(八条二項)、被告は、非公開とした部分ごとに該当する非公開事由及び該当するとした理由を具体的に示す義務があるが、被告は、本件非公開処分において、公開できないとした情報の種類(行政事務情報)と適用条文(公開条例六条一項六号)を示したのみである。
したがって、本件非公開処分は違法である。
(被告)
原告の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 事実関係
証拠(甲3の1ないし6、甲8、乙1、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、本件各文書の決裁又は供覧、その後の手続につき、次の事実が認められる。
(一) 下関市では、本件文書一ないし三に関する件につき、次のとおり市長の決裁がされた。
(1) 平成七年一月二三日
有楽興行株式会社に対する文化劇場の解体及びこれに伴う損失補償についての補償及び契約締結伺い(本件文書一)
(2) 平成七年三月二〇日
株式会社オリオンビル及び有楽興行株式会社に対する文化劇場に係る私有地の賃貸借契約解除に伴う損失補償についての補償及び契約締結伺い(本件文書二)
(3) 平成七年三月二〇日
株式会社オリオンビル及び有楽興行株式会社に対する文化劇場の建物移転に伴う損失補償についての実施及び契約締結伺い(本件文書三)
(二) また、右(一)の決裁がされたことに基づいて、下関市は、本件文書四ないし六を各契約締結日に作成した上、本件文書四ないし六に関する契約を次のとおり締結した(以下(1)ないし(3)の契約を併せて「本件契約」という。)。
(1) 平成七年一月二七日
有楽興行株式会社との間での「建物等の解体及びこれに伴う損失補償契約」と題する契約(本件文書四)
(2) 平成七年三月二〇日
有楽興行株式会社との間での「借家人に対する損失補償契約」と題する契約(本件文書五)
(3) 平成七年三月二〇日
有楽興行株式会社との間での「建物移転等補償契約」と題する契約(本件文書六)
(三) 本件文書四ないし六は、本件契約が締結された当日、担当部局である下関市都市整備部市街地開発課にファイルに編綴されて備え置かれたが、本件契約がいずれも下関市の支出を伴うものであることから、本件文書一ないし三が添付された支出命令書及び本件文書四ないし六は、下関市企画部財政課や出納室に順次送付され、平成七年四月四日、出納室審査係の下関市職員が本件文書二の末尾に「取印」と呼ばれる支出確認印を捺印し、収入役の決裁を経ることにより、支出命令及び支出負担行為のための手続が終了した。
2 争点に対する判断
前記前提となる事実及び認定事実に基づき、争点1について判断する。
(一) 右判断の前提として、公開条例二条(2)及び附則の文言につき、公文書の決裁又は供覧の手続はどの時点をもって終了したといえるのかを確定しておく必要があるが(右条項と附則とで右の点に関し異なる解釈をする余地がないではないが、本件では殊更両者を別異に解すべき事情は認められないから、同じ解釈を採る。)、「決裁」とは、決裁権者の意思決定を、「供覧」とは、回覧、台帳、帳票その他の形式で職員間において情報を共有することを意味する(乙2)と解される。また、決裁又は供覧の「手続が終了している」との文言につき、決裁に関しては決裁に係る文書等の内容が確定し、当該内容の変更には新たな手続が必要とされる状態にあることを意味する(乙2)と解されるが、供覧に関しては、その言葉の意味内容からすると、決裁の場合と同様に内容の確定という観点から定義することにはいささか困難であるが、右のような供覧の性質からみて、公文書が右に述べた意味での供覧に付された時をもって供覧の「手続が終了した」と解するのが相当である。
(二) そこで、本件各文書の「決裁又は供覧の手続が終了した日」について判断するに、本件文書一ないし三は、本件各契約の締結に関して下関市を代表する権限を有する被告の決裁がされたことによりその内容が確定し、当該内容の変更には改めて被告の決裁を経る等の新たな手続が必要とされる状態になり、また、本件文書四ないし六は、右各文書が本件各契約の締結当日に担当部局に備え置かれたことにより、職員間において右各文書に係る情報を共有することができる状態になったと認められる。
したがって、本件各文書は、いずれも平成七年三月三一日以前に決裁又は供覧の手続が終了した文書であるというべきである。
(三) この点につき、原告は、本件各文書が被告の決裁時以降(本件文書一ないし三)、又は契約締結時以降(本件文書四ないし六)、支出負担行為の確認や支出命令の手続のために他部署に順次送付され、下関市職員による支出確認手続が採られたことをもって本件各文書の供覧がされたものであり、供覧の手続が終了した時期は平成七年四月四日である旨主張する。しかし、原告が供覧の手続であると主張する右の手続は、本件各文書が作成され、その内容が確定した後に本件各契約の内容を実現するために採られる別個の手続であって、決裁文書である本件文書一ないし三の作成又はその内容の確定自体や、本件文書四ないし六に係る情報が職員間において共有される状態に置かれることとは無関係であるから、右の点に関する原告の主張は採用することができない。
また、右の(一)及び(二)のように解すると、本件の如く、公開条例の附則の適用が問題となるような事案では公文書の公開範囲が狭められることになるおそれがないではないが、他方、公文書がより早期の段階で公開の対象となり、かえって公文書の公開を請求する者の利益に資することになるのであって、あながち不当なものともいえない。
(四) したがって、本件各文書には、公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用があるとは認められない。
二 争点3及び4について
前記のとおり、本件各文書については、公開条例中の被告が公開義務を負う部分の規定の適用はない。そして、条例に基づく公文書の公開請求権は、当該条例の定める条件の下においてその限度でのみ権利として付与されたものであると解すべきであるから、原告の本件申出に対し、被告が任意の公開として右申出に応じるか否か、応じる場合の公開範囲、応じない場合に被告が公開義務を負う文書と同様に理由を付するか否か等の被告の対応については、その妥当性はともかく、これを違法と評価をすることはできない。
したがって、公開する以上全部公開すべきであるとの原告の主張はこれを採用することはできないし、過去に義務的公開が定められた公文書と同様の取り扱いがされたからといって、右の取り扱いが原告の具体的な権利に基づくものであるとはいうことができず、この点に関する原告の主張も失当である。
第四結論
以上によれば、争点2につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下満 裁判官 杉山順一 裁判官 安部勝)